直接会って口を利くようになってからでも三十数年になる。
最初はその作品というか劇団(秘法零番館)のファンとして。秘法の旗揚げ公演の1980年『あの、大鴉さえも…』は見逃している。最初に観たのは大塚ジェルスホール『溶ける魚』だと思う。
1984年、文学座の研修生として『あの、大鴉さえも…』を自主勉強会で上演して、それを文学座のアトリエ横の稽古場に観に来て下さった竹内さんや秘法の木場さん、小出さんとお話した記憶が鮮明にある。「君はどうも文学座風じゃないね」とどなたかに言われた。それほど下手だったのだろう。
その翌年1985年に今度は正式なアトリエ公演作品として『事ありげな夏の夕暮れ』という作品に出演(いちおう主演)した。稽古を観てのダメ出しが演出家(西川信廣さん)と作者(竹内さん)の言うことがまったく正反対で、いったいどっちを聞いたらいいんや!と迷わされたことが懐かしい。
1988年に私は文学座を辞め、1989年1月にMODEを旗揚げし、役者から演出者に転向した。
この1989年に秘法零番館は解散するが、竹内さんは精力的に作品を発表し続ける。
ただし、私はMODEを始めたばっかりで、もっぱら自分の舞台作りに励んでいたから、じっさいに観ていない竹内作品がずいぶんある。
2000年にはなんと役者としてお声が掛り、名作『月ノ光』に出演する。佐野史郎、岡本健一、小日向文世さんら豪華キャストと共演という夢のような時間。
その後、MODE公演として2002年に『恋愛日記』をザ・スズナリで演出。十年後の2012年にすまけいさん主演の『満ちる』を書下ろしていただく。MODEのホームページにすまさん、竹内さん、私の鼎談が載ってます。
この間、2003年から私は近畿大学の文芸学部芸術学科に勤務することになったのだが、そこに数年前から赴任されていたのが竹内教授であった。一昨年に竹内さんが退官されるまで十年間、私の上司というか同僚として同じ大学でセンセイをやっていたわけである。ずいぶんと深い仲なのではある。
今回は端折るが映画監督・黒木和雄氏を巡る関係など、これまた不思議と縁のある竹内さん。
今回の『あなたに会ったことがある・4』が生まれる経緯については、次回に書きます。


