MODEの活動休止の理由。
いわゆる「企画書」というものに書いたのが下記の文章である。
とくに「解散」と銘打つわけではありません。
そもそもMODEは主宰の私一人がいて、公演毎にキャストとスタッフを集めてやって来たのですから、一人じゃ解散も何もありません。当面は公演計画を立てずに、黙って日本の演劇界の様子をちょっと距離を置いて見聞きしてみようと考えているのです。
私が作りたい舞台を一緒にやりたい俳優やスタッフたちとエネルギーをかけて作っても、観客の反応がいまひとつであったり……、という単純な理由もあります。また、私が観たい舞台、楽しめる舞台、刺激を受ける舞台が東京の劇場からほとんど無くなってしまったということもあります。
私は何人かの作家や演出家から刺激をもらって、動力源としてきました。さらに言えば、ほとんどの舞台芸術が「商品化」していて、「商品」として流通しない「純粋な舞台芸術」を続けるのがなかなかシンドイ状況になっているからです。「前衛」を謳う「ゼンエイモドキ」の舞台も「商品化」されています。
ま、御大層に状況を批判するつもりはありませんし、やりたいことを一緒にやれる仲間がまた集まることが出来て、それを観て、楽しんでくれる観客がまた集まってくれそうなら、またMODEを再開します。それまでちょっと一服、ひと休みです。
ほとんど、私が考えている通り、間違いありません。
今日、稽古の後に、下北沢でやっている日本演出者協会の「若手演出家コンクール」の審査会場で一本、観劇してきたのだが、会場で会った流山児祥さんに「金だろう?借金返さなきゃなあ」とまるで全てをお見通しという口調でサラリと言われ、ニヤリとせざるを得なかった。ま、それも理由のひとつであることはまったく否定しない。
いずれにせよ、どうも、今のエンゲキカイが私にとってはどうにも面白くないのである。あれらの、あの舞台が「面白く」「優れている」と言われるのなら、「そうか、わかった、だったら俺は芝居作るの止めるよ」とこれまで何度も思ってきたものだが、今回はほんとうにそう思っている。なにも自分の作品が褒められないからとか、自分以外の表現は認めないというのでは全然ない。これまでだってMODEや松本演出はごく少数の人にだけ支持されてきたのだってことはよーく分かっている。でも、それなりの居場所がちゃんと在ったように思う。やり続けることによって、その場所をキープしてきた。しかし、それがしんどくなってきたのだ。何の為に、そうまでして、やらにゃならんのか?と。
頭でっかちの、こまっしゃくれた、肉体のない、ユーモアのない、受け狙いの、前衛ぶってるがちっとも新しくもない、ゴミのような舞台が多過ぎないだろうか?
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